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南海トラフ巨大地震であなたの居住地の震度は? 震度計算でシミュレーションして対策を!(推定震度の算出サイト)

早稲田大の研究室が飛鳥時代以降の約1400年間の地震をシミュレーション出来るサイト「指定地点の震度計算」を公開しました。神奈川新聞のニュースで知ったのですが、実際に試してみると結構参考になります。
是非地震対策のひとつとして活用してみてください。


経度緯度を入力すると、その任意の場所でどの程度揺れたのか数値で表示してくれます。
もちろん関東大震災や貞観地震、南海トラフで発生した宝永地震など聞き慣れた過去の歴史的地震もシミュレーションしてくれています。

数値だけでなく地震の規模や距離との関連を示すグラフも表示。




実際にどうやって使用するかですが、




被災地でフカヒレの天日干しが最盛期 ヨシキリザメの尾びれだそうです。



フカヒレは高くて私にはあまり縁がない食材なのですが
ここで干されているのはヨシキリザメなどの尾びれで食材になるとフカヒレと呼ばれるものです。


フカヒレってサメの尾びれだとは知っていましたが
こうして干されて食材になるんですね。

正しい情報なのか微妙ですがウィキペディアでフカヒレを調べると
ジンベエザメ、ウバザメのものが最も高級とされているとのこと。

ジンベエザメなんて滅多に採れないでしょ・・・^^;
水族館にいる巨大なサメの代表格のイメージしか。


フカヒレには一般的にヨシキリザメのものが使用されることが多いということで
普通は全長2~3程度の
日本に水揚されるサメ類の中では最も多いヨシキリザメがフカヒレの原料となるそうです。


それを知った所で今夜フカヒレにお目にかかれる訳ではありませんが
何かの機会にフカヒレが出てきた時には多少のウンチクが披露できるかも笑


ということで被災地では
ちょうど今の時期はヨシキリザメなどの尾びれを天日干ししている時期

来月辺りには新しく作った工場も完成とのこと。
一日も早く東北の食材がもっともっと食卓に並んでほしいものです。


テレビ局が生放送の為に機材セットをしていた気仙沼の「第18共徳丸」前



震災2年目の3月11日
各地でテレビ局が生放送をしていましたが
気仙沼の「第18共徳丸」前にも多くのマスコミ関係者が機材セッティングを行なっていました。


大型クレーンも持ち込んでのセッティング
おそらく機材搬入は前日の10日から行ったのでしょう。
警備員を始めとして関係者が溢れかえっていました。



気仙沼の「第18共徳丸」は震災時に陸に乗り上げた船の象徴として有名ですが
地元民の話を聞くと
やはり撤去してくれという回答が多いです。



「第18共徳丸」が乗り上げた場所で営業していた
お店の人に話を伺ってもやはり同じような回答が帰ってきます。


船には献花台が設置されているのですが
地元民からしたら
あの船に対して献花してどうするの?
という感じだそうです。


確かに南三陸の防災庁舎のように
誰かが犠牲になった建物とかではありませんからね。


陸前高田市の一本松は
あの大津波を耐えぬいた奇跡の象徴として残す意味があったと思いますが
この船に関して言えば
ただ単に陸に乗り上げた鉄の塊のようなもの。



現地で実際に話を聞き現物を見ると
この遺物?異物?を残すことに関してはかなり揉めるのではないかなぁ~と。



後世の人々がこの船を見て
津波の恐ろしさを感じることが出来るのかどうか。


あなたはどう思いますか。


奇跡の一本松の修復にはもう少し時間がかかりそうです。



東日本大震災の象徴的な存在となっていた
陸前高田市の高田松原の奇跡の一本松

震災2年目の3.11に復旧工事が終わる予定だったのですが
施工業者が取り付ける角度を少し勘違いしていたとのことで住民から指摘が・・・。


確かによく見ると本物とは少し枝ぶりが違います。
一旦取り外して再度角度を調整しつつ作りなおすそうです。


写真にこれだけ写された松は
後にも先にもこの高田松原の一本松だけでしょうね。
少し枝ぶりの角度が違うだけでクレームが来るとは正直思っていなかったかもしれません。

それだけ注目度が高い「一本松」


今後東北の被災地が完全復興した暁には
この「高田松原の一本松」がひとつの象徴となって人々を迎えるかもしれませんね。


一本松の復旧に関しては賛否両論があるところ。
しかし私の思いとしては陸前高田市の戸羽太市長の英断が将来評価される日が来ることを願っています。


満天の星空が広がる陸前高田市内。復興の光が届かない大地を無数の星が大地を照らしていた。







2013年3月11日
あの東日本大震災から2年目を迎えました。


私は陸前高田市に広がる満天の星空を眺めつつ
未だ復興が進んでいない現実を星空を見ることによって体感していました・・・。

あの自民党の小泉進次郎氏も
「2年前の3月に被災地で観た満点の星空が忘れられない」
そう語っていました。
綺麗だな・・・と出かかった言葉を飲み込んだと。



なぜ満点の星空が広がるのか。
それは紛れもなく津波によって全てを失った結果生まれた夜空だったんです。
陸前高田市中心にほど近い場所で想像以上の星空が
大地を照らしていました。。


この写真を撮影した日は暴風波浪警報が出ておりNikonD4を乗せた三脚が事実吹き飛びました。
瞬間の反応と瞬発力で三脚に飛びついたので事なきを得ましたが^_^;


撮影時のシャッタースピードは30秒。

あまりの強風のために三脚とカメラを手で抑えながらの撮影。
それでも度重なる突風で三脚が震えているのが手に伝わって来ました。


何も無くなってしまった大地に強烈に吹く突風。
その中にひとり立ちながら撮影していると仮設住宅にお住いの方々の気持ちが万分の1でも分かる気がしました。


三脚が突風で飛ばないように押さえつつ漆黒の中で数枚のシャッターを切る。
何も遮るものがない震災後の大地は
こんなにも風が強いものなのかと驚きと悲しさを感じながら。


30秒の露光時間の間
三脚は度重なる突風と強風で確実にブレていたものの
魚眼レンズで撮影したためか比較的目立たずに撮影できたかも知れません。


この満天の星空のように
東北へ希望と復興の光が降り注ぐ日が一日でも早く訪れますように。


希望という名の決意! 「希望のかつおぶし」



希望というラベルが貼られた「かつおぶし」

これは東日本大震災の影響で被災を受けた会社の復活の決意
宮城県石巻市 の"丸平かつおぶし"

創業明治36年の老舗だ
2008年には創業100年を記念して東京に進出。


しかしながら
東日本大震災の影響で石巻の本社が津波で被災し
3/25に閉店


だが多くの人の激励で復活を決意
3階に「かつおぶし」の製造設備があったため
奇跡的に津波被害を免れていた。


明治36年から続けてきた”かつおぶし”の火を
希望という決意の油で今日も灯し続けている。
いつか東京へ再進出すると決意して


がんばろう日本
がんばろう東北


陸前高田市長は震災瓦礫の広域処理を望んでいる!

今回は陸前高田市の戸羽市長の本当の思いを紹介します。


瓦礫の放射性物質の問題を過大に叫び、震災瓦礫の広域処理を異常なまでに反対している人たちがいます。

それはいいと思います。人それぞれ立場も考え方もありますから。
言論の自由ですし、それぞれの思いもあるでしょうしね。

私は震災直後から数ヶ月に渡り被災地を取材し、現在でも定期的に瓦礫問題を含めて現地で取材しているので、私に対して本で読んだような反論はご遠慮致します。
反対意見がある人は適当にスルーして頂ますようお願い致します。



今回私が書きたいのは、1年ほど前に陸前高田市長の戸羽太市長が広域瓦礫処理について発言した内容を、未だに広域がれき処理の反対者が金科玉条の如く使っていることに対する反論です。

一年ほど前市長は以下の発言をされました。
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がれきの処理というのは復興へ向けた最重要課題のひとつなわけですが、現行の処理場のキャパシティー(受け入れ能力)を考えれば、すべてのがれきが片付くまでに3年はかかると言われています。そこで、陸前高田市内にがれき処理専門のプラントを作れば、自分たちの判断で今の何倍ものスピードで処理ができると考え、そのことを県に相談したら、門前払いのような形で断られました。
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しかし、この発言はまだ瓦礫の総量が分かっていない状況だったことや、処理する際に土砂や木片など津波被害独特の処理にしにくい瓦礫であることを、まだ認識していなかったことなどがあります。


実際には想像以上の瓦礫の量と、処理方式などを考えると広域処理をするしか無いことは戸羽市長も認めています。

でも未だにインターネット上では一年前の市長の言葉が反対派の急先鋒の市長の言葉として使われ市長は非常に迷惑しています。

まったく真意が伝わっていないとね。


現地の雇用に関しても市長は、「実際は一時的な雇用にしかならず、安定的な雇用を求める現地からすると見当違いの話で非常に腹立たしい」とも語っています。





戸羽市長はFacebookでもつい先日、広域がれき処理に関して発言をしました。これらの発言は一部報道でも取り上げられたようですので御存知の方もいらっしゃるかも知れません。

ここでも市長の言葉の一部をご紹介したいと思います。




この発言では市長は少し押さえ気味に発言していますが、あまりに反響が多かったために翌日、下のように発言をされました。




震災がれき処理で日本の底力をしめす時! 今こそ団結しようニッポン! 


(消防署員が震災で無くなった同僚へ献花 2012年3月11日)


2012年3月11日 14時46分
東北地方に甚大な被害をもたらした東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)から1年。


被災後に定期的に被災地を訪れていた私は、節目となる1年目の3月11日。宮城県の南三陸町で被災現場を訪れました。


最初の感想は被災直後から比べると驚くほど瓦礫が片付いている。そう感じました。
圧倒的な力を持った大津波によって東北地方の沿岸部は壊滅。陸前高田の状況を伝えたテレビのテロップは今でも強烈に覚えています。


「陸前高田市街壊滅的被害」


震災から数日後に東北入りした私は言葉を失いました。
その時、被災地入りした人間の思いは誰もが同じだったと思います。


「不詳 宮嶋」として有名な報道カメラマン宮嶋茂樹氏が大震災でのルポ写真をまとめた『再起』不肖・宮嶋が歩いた東日本大震災の記録で次のような言葉を残しています。


「カメラマンになったことを後悔した・・・」


なぜ「カメラマンになったことを後悔した」と表現されたかは本を購入してお読み頂ければと思うのですが、一言で表現するならば、何をどう撮影していいのかわからないほどの壊滅的被害にあの宮嶋さんほどの人でも立ち尽くしてしまった。


おそらく多くのカメラマンが同じように想像を絶する現場で立ち尽くしたことと思います。
私も何も出来なかったことを覚えています。宮嶋さんのことを書いた流れで私の所感を述べることは非常に恐れ多いのですが、誰もが同じく感じたことを宮嶋さんが非常に的確に表現された。まさに多くのカメラマンがカメラマンになったことを後悔した一瞬を経験したのだと思います。


それほどの甚大な被害を受けてから1年。
街中に溢れかえっていた瓦礫は見事に片付けられています。


最期まで防災無線放送を続けた南三陸町職員の遠藤未希さんがいた南三陸防災庁舎。

骨組みだけになっているのが見えます。奥の建物は70人以上が犠牲になった南三陸町の公立志津川病院。
被災直後はこの一帯は瓦礫の山でした。

今では随分と片付いています。ただ、瓦礫は処理されたわけではなく、実際には「一時的な仮置き場」に積み上げられているだけなんです。

志津川病院の奥に瓦礫の「仮置き場」があるのですが、それが下の写真です。




本当に危険だったことをイラストで実感 ”東海地震と首都直下型地震と富士山噴火” 

今日の読売新聞の1面に「首都直下型 4年内70%」との記事が掲載されていました。
(この直下型地震はM7級の地震)

ついに来るのか!
そう思って記事を読んでいたんですが、同じようなことを『列島強靱化論―日本復活5カ年計画』 (文春新書)の中で藤井聡教授が書いていたことを思い出しました。

3.11の東日本大震災後に書かれた本ですが、この本の中で東日本でM8以上の地震が発生したときには、100%の確率で10年以内にM6~8クラスの「首都直下型地震」が発生していると強烈な事実を明らかにされているんです。


70%とかのレベルじゃないじゃん。という感じですが100%は言いすぎだろう・・・^_^;
でもよく読んでいくとこれが大げさではないことが判明。それは後で書くとして、地震の研究者でさえ30年以内に88%の確率で発生すると発表している地震があるのをご存知ですか。


そう「東海地震」です。


なんで東海地震だけそれほど確率が高いのか良く分からなかったんですが、発生時期をフォトショップを使ってイラスト化してみたら良く理解できました。
数字だけ見ていても実感がないのですが、イメージで捉えると分かりやすくなるものです。

それが下の図



三連動地震って最近良く聞きますが、三連動地震とは南海地震と東南海地震と東海地震が同時に起こる地震のこと。
で、今までの地震はこの3つの地震が同時もしくは、ごくごく近い期間に発生しているんですね。

でも、今は東海地震だけ発生していない。
なので非常に危険だということが図を見ると直感的にわかります。


今までの歴史を見ると東海地震だけ発生していないことは確かにあるんですが・・・
その次には必ず3つ同時に発生しているんです。(意味が分かりにくいと思うので下の図を↓)

下の図を見てください。




警察官用携帯電話「ピーフォン」とデジカメの速報性が勝利を導いた事例

ピーフォンって知ってます???

今日はピーフォンが大活躍した日。まあいつも活躍してるんでしょうけど^_^;
一応活躍が取り上げらた日というのが正しいのかな。




ピーフォンは警察官専用の携帯電話のことで、ポリスのPでP-PHONEとも言えますね。

で、通常の携帯と同じように写真も撮れるようなんですが、その写真を仲間の警察官に一斉送信出来るそうなんです。
その機能を使って大活躍。

写真を送信してから犯人を5分で逮捕しちゃったんですって。
驚き。


でも、その犯人の写真を撮影したのは警察官じゃなくて、犯人からお金を騙し取られそうになった被害者なんですよ。
写真を被害者が撮影したら犯人は逃げたそうです。

で、その写真を警察官に渡して、警察官が一斉送信して御用。

でも気になるのはデータのやりとり。
どうやってその場でデーターの交換をしたんだろう。

赤外線?MicroSD?メール?

いずれにしても現像作業が必要なフィルムカメラでは考えられなかったことですね。
これもデジタルカメラの速報性を生かした話の一つですね。


事件の内容ですが、




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